01:通勤電車の少女

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 今日もあの娘はいないのか……。  電車のドアが閉まる寸前に飛び乗った俺は、軽く息を整えながら車内を見回した。通勤ラッシュといわれる時間帯だが、都心から離れる方向に向うので車内はそれほど混んでいない。座席は埋まっていたものの、立っている客はまばらだ。見覚えのある顔があればすぐにわかるはずだが、残念ながら、あの少女の姿は見つけられなかった。  俺は雨森・護(あまもり・まもる)。今朝もいつもと変わらぬ電車に揺られ、通勤中の平凡なサラリーマンだ。ブルゾンに黒のジーンズとラフな服装だが、これが今の通勤スタイル。入社当初こそスーツで通勤していたが、服装にはあまり気を使わなくても良い技術職の職場なので、スーツを着るのは出張するときぐらいになってしまった。入社して三年、気づけば四捨五入で三十路になってしまう微妙なお年頃だが、年齢よりちょっと若く見えるらしく、こんな服装だと大学生に間違われることもある。まあ、ただ単に大人っぽい落ち着きが足りないだけかもしれないが。 「ふぁ……」  おっと。一応、人目もあるんで、出かかったあくびを無理やりかみ殺す。最近、ストレス発散のため、寝る前にゲームをやるのが日課になっていて、昨日も寝たのは午前三時過ぎ。ちょっと寝不足気味だ。あいにく今日は席が空いてないので、俺はドアの脇の手すりにへばりついて、窓の外を流れる緑の目立つ風景をぼんやり眺めていた。  都心にあった勤務先の大手玩具メーカの本社が、今の場所に移転したのは二ヶ月ほど前のことだ。実家から新しい本社へ通勤すると楽に二時間以上かかるため、俺も会社の引っ越しに合わせ、三十分ほどで通勤できる場所にアパートを借りて一人暮しを始めた。食事はほとんどコンビニ弁当、洗濯は溜まり気味という現状は、客観的に見て、ちゃんと出来ているとは言い難いが、とりあえず初めての一人暮らしに慣れてきたところだ。
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