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「こんな事は言いたくないが、父親の命は、あと1時間も、もたない」
「何があったんですか…」
葉子は、父親を見つめながら、やっとの思い出尋ねた。
「事故に遭われたんです。トラックと正面衝突。お母さんは即死。お父さんが、即死でなかったのは、奇跡だろう」
千江が泣きじゃくりながら、お父さんに抱きつこうとすると、それを見た葉子はあわてて千江を押さえつけた。
「だめよ! さわると死んじゃうわよ!」
「だって、どうせ死ぬんだもん! 最後くらいお父さんと一緒にいたい」
「葉子…」
かすかな声が父親の口から漏れた。
「え、なに? お父さん」
葉子は父親の口に、思いっきり自分の耳を近づけて、聞いた。
「つい、二人の誕生日が楽しみで、飛ばしすぎてしまって…」
「…もういいよ。しゃべらないで」
「いや、聞いてくれ。これが最後の言葉だから:
「おとうさん!」
じたばたして、泣き叫ぶ千江は、医者に体をつかまれて、身動きが取れなかった。放っておいたら、何千万円もする医療機器を破壊しそうであった。
葉子は千江が荒れるほど、冷静になった。
─私が、しっかりしなくてな…。
「こんな時の為に、遺言を書いておいた。場所は金庫の中だ」
父親の心拍数が上昇した。でも医者はもう会話を止めさせなかった。もう、手のほどこしようがなかった。葉子は父親の手を取り、握り締めて、
「でも、私には開けられないよ…」
「わかってるさ。番号は…」
「おとうさん!」
千江が医者を振り切り、葉子のそばにやってきた。父親の最後の言葉になった。
「お前達の、誕生日だよ、ハッピーバースデー、葉子、千江」
父親はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
千江の泣き声だけが、一晩中、病院に響き続けていた。
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