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男は面倒くさそうに言って、立ちはだかる葉子をぐいと押しのけて、出て行ってしまった。
─14年間の想い出、全部、なくなっちゃった。
そばに千江はいない。だから、葉子は、今だけは安心して泣けるのであった。
「お姉ちゃんも泣くんだね、初めて見ちゃった」
「あ、千江、へへっ、どってことないわよ」
「いいよ、泣いたら。今日だけ、千江と葉子の役、交代ね」
「ううっ、…うん」
葉子の涙で、千江の制服はびっしょりと濡れた。
「想い出の物、アルバムとか、写真立てとか、隠しておいたから、だいじょうぶだよ」
千江の言葉に、葉子の顔がほころんだ。─こいつ、割りとちゃっかりしてるな。私がいなくても、やっていけるかな。
それから金庫も、中に大した物はないとわかったので、部屋の隅に放り投げてあった。
二人は必死で考えた。扇家には、親戚はいない。この村には、児童福祉施設もない。当然、ホテルに泊まるお金もない。残るのは、さすが双子、同時に叫んだ。
「咲子先生の家!」
距離にして20キロメートル。日が暮れないうちに、さっそく歩きはじめた。二人とも、制服姿だった。他の洋服は全部もっていかれてしまった。
夜遅く、咲子先生は、家で窓の景色を眺めながら、葉子と千江の事を心配していた。
「あれから、どうなったのかしら…。実家にお電話しても、つながらないし…」
でも、音楽家のお父さんの遺産があるからだいじょうぶよね、と自分を納得させていた矢先、
「ピンポーン」
と、玄関のチャイムの音。こんな雪の夜に訪ねてくるなんて、と不信感を抱いた咲子は、金属バッドを片手に、用心深くドアを開けた。二人が立っていた。
「お願いします! 今夜一晩だけでも、泊めてください」
二人の姿を見て、事情を悟った咲子先生は、
「おかえりなさい」
と、二人を優しく包み込んだ。
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