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3.
ようやく落ち着いた二人は、金庫を開けることにした。自分たち二人の誕生日、12月24日だから、1、2、2、4、とダイヤルする。
中には、B5版の封筒が入っていて、絶対見るな、と懐かしい父の文字がそれに書いてあった。
「覚悟はいい、千江?」
「もう、じれったいな、早くしてよ」
二人とも、ようやく両親との別れの衝撃から立ち直ったようである。
中には、2冊の楽譜が入っていた。葉子はおそるおそるそれを眺め、ふと右上に、「千江へ」と書いてあるのが見えた。
「これ、あんたのだけ、ハイ」
そして、千江は自分の持っていた楽譜を葉子に手渡した。
「これは『葉子さん』へ、って書いてある。なんで私は呼び捨てなのよ!」
「あんたが子供だからよ」
「さすが音楽家らしいわね。音楽家にとって、音楽、これすなわち言葉だものね」
と先生が夕食を運びながら、二人を見つめて、言った。
「そうだ、二人とも!」
咲子先生は、いい事がひらめいたように、手を叩いた。すぐに戻るからと言い、今日届いたチラシの山の中から、
『日ソ親睦ピアノコンサート in 新潟』
と銘打ったものを持ち出してきた。
「これに出場してみたらどうかしら? 扇和夫の曲は世界でも有名だから、その楽譜を演奏すれば、きっと、どちらかが優勝できるわよ」
「でも、受験もあるしな…」
葉子が悩んでいると、千江はチラシの隅に書かれていた、大会要綱をじっと見つめて、
「えっ、優勝賞金が1000万円!」
千江の声に、葉子が振り返り、二人そろって、
「出ます!」
と意気込んで言った。
でも、二人とも、電車で一時間離れた隣町で行われた地区予選で、あえなく、落選してしまった。
「おとうさんに、裏切られちゃったね」
帰りの電車の中で、千江は離れていく隣町をさみしそうに見送り、つぶやいた。
「ちがうってば、私たちの技術が、追いついていないだけ。もっとがんばらなくっちゃね」
葉子はがっかりする千江を慰めたが、千江は、
「でも、おとうさんに悪いけど、あの遺言の曲、そんなに素晴らしいとは思えないの。今までの、おとうさんの曲と、何か違う。何か欠けてる気がするの」
それは、葉子も感じていた事だった。でも、遺言という事もあって、信じてその曲を練習してきたのだった。
「やっぱり、今までお父さんが作ってくれた曲を演奏した方がよかったのかな」
「ま、がっかりしても、仕方ないよ」
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