2枚の楽譜

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そう言いながら、葉子もがっかりしていた。だって、あのコンクールに優勝すれば、ピアニストとしての将来が約束される。それは、葉子の夢だ。早く一流のピアニストになって、咲子先生にお礼がしたいし、差し押さえられた、想い出の我が家を取り戻したい。でも、すべては、消え去ってしまった。 「学校、行くよ」 いつも寝坊ばかりする千江が、今日は珍しく葉子よりも早起きだ。いや、そうではなく、葉子がいつもより、目覚めが遅いのだ。 「お姉ちゃーん」 千江が葉子の耳元で思い切り叫ぶと、葉子はうるさそうに顔をしかめて、布団の中に頭ごとうずくまってしまった。千江は、 「こらっ、遅刻するぞ! あれ? 千江ちゃんみたいになっちゃったのかなぁー」 いつもの仕返しとばかりに、千江はそうからかってみる。しかし、いよいよ時間が無くなってきたので、肩を揺すろうと手を掛けると、千江は呆然となった。 ─すごい熱。 千江は大慌てで、咲子先生を呼びに行った。 「一般的な過労の症状です。まあ、いろいろ苦労が重なったから」 両親と見取ったのと同じ医者なので、事情はよくわかってくれていた。 「安静にしとれば、じきよくなります。ところで、入院費なんですが…」 「えっ、あのー」 千江が心配そうにもじもじしている。お金なんて、1円すら持っていない。すると、咲子先生が千江の肩に手を掛けて、 「私がお支払いします。ご心配なさらずに」 「先生…」 ごめんなさい、と言おうとした千江だったけど、涙で声が濁って、言葉にならなかった。 「うっ…、ひっく、ごめんなさい」 咲子先生は、わらって、 「違うわよ」 千江は、顔を上げて、咲子先生を見つめた。 「こういう時は、ありがとうでしょ」  千江は葉子のやすらいだ表情を久しぶりに見た。だいじょうぶ、今度目を覚ました時は、きっと何もかもがよくなっているわ…。千江は、やっと少しの間晴れた夜空の星を見つめて、そう誓った。 『敗者復活戦』 咲子の家へ届いたハガキに書かれていたその文字を見たとき、千江はとっさに、 「先生、ウルトラクイズが来た!」 と叫んでしまった。夕食の後片付けをしていた咲子は、ハガキを見てわらった。 「バカね、違うわよ。これは、前に行われた、日ソ親睦ピアノコンクールの地区予選で、合格者が一人辞退したから、あと一人を追加で選考するから、また、来てくださいって」 「えっ! そうなの」
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