4人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
「あーあ、いいかげん動いてくれないかなあ」
欠伸をしながら東昇(あずまのぼる)は恨めしそうに被疑者のいるアパートの三階の窓を見た。
「通称、アリア。歳は二十歳程度で身元は不明。いくつかの窃盗に関与しているようだが今のところ証拠なし。背後に指示をする男がいるようだ。……こいつだろ? 兄貴が追っているのは」
東昇は数日かけて作成した調査報告書を読み上げながら、助手席にいる自分と同じ顔をした双子の兄、東十無(あずまとむ)刑事をちらりと見た。
十無は難しい顔をして、返事をしなかった。
「しかし、兄貴が財布をすられるなんて」
いつも十無にたしなめられている昇はニヤニヤしながら皮肉たっぷりに言った。
「余計なことはいい、場所はわかったからもう帰れ。……お前、探偵事務所の仕事、まともにやっているのか? よくさぼるって、音江槇(おとえまき)がぼやいていたぞ。そろそろ先のことを考えろ。二十半ばを過ぎたらあっという間に三十だぞ」
「うるさいなあ。兄貴が他の事件で抜けられないからって俺に頼んだくせに。俺だって仕事の時間を割いているんだ。調査代はしっかり頂くからな」
探偵事務所副所長である音江槇の名前を出されて、昇は面白くなかった。
「わかった、ごめん」
十無は謝ったが、口調は全然謝っていなかった。
それにしても音江槇の奴、いつの間に兄貴に告げ口したのだろう。
昇は口を尖らせた。
音江探偵事務所所長の娘である槇は、東兄弟の幼馴染であり、昇の同僚だった。
昇も十無同様、刑事志望だったが、結局バイト先の探偵事務所にそのまま転がり込み、今もなんとなく続けている。
どちらかというと流されやすいほうだと昇自身思っているが、人から言われると癪に障る。
特に、できの良い双子の兄にはとやかく言われたくない。
「手がかりはここしかない。アリアに雲隠れされたらおしまいだ」
十無は憂鬱そうな顔をした。
外見は瓜二つの二人だったが、十無は実直で生真面目な性格に対し、昇は後先考えず行動してしまうタイプだった。
最初のコメントを投稿しよう!