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「兄ちゃん!」
俺は一人っ子だ。
よく一緒になって遊んでくれた近所の年上のお兄さんのことを、俺は兄ちゃんと呼んでなついていた。
その日も、何も変わらないはずだった。
「ほら、ちゃんと前向いて」
その日も、俺と兄ちゃんの二人だけの秘密の場所に向かっている時だった。
まだ幼かった俺は、兄ちゃんの方に振り向きながら後ろ向きで走る。
笑う俺とは対照的に、兄ちゃんは焦ったような怖い顔で手を伸ばして来たんだ。
その時の俺は、兄ちゃんに驚いて動けなかった。
「危ないっ」
つんざくような音に我に返ると、俺は道路に尻餅ついていた。
べたりと赤黒い染みが伝わってきて、しゃがみこんでいる足に靴に手に、嫌な感触が伝わる。
俺のじゃない。
誰の?
兄ちゃんの。
まだ死についてなんてよくわかってない俺は、動かない兄ちゃんを必死に揺すってた。
「兄ちゃん。ねぇ、なにしてるの。兄ちゃん起きて」
死についてわかってない、なんて言っても、死んじゃったらもう会えないなんてことは分かってるので。
だんだん気付いてしまった俺は、全身を赤くしながら、兄ちゃんに抱きついて泣いた。
泣いて泣いて泣いて。
悲しくて辛くて何がなんだか分からなくて。
うっすらと目を開けた兄ちゃんは、俺の顔に手を伸ばし何かを言おうと口を開く。
その言葉は声にならずに消えていった。
ひんやりとした手も、俺に触れることはなかった。
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