プロローグ

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「たしかに、あまりこういうので来たことはなかったかな」 俺が身に纏っていたのは、先日入学が決まった高校の女子の制服だったのだ。隣に畳んで置いておいたグレーのブレザーに袖を通しながら、 「今まではもっと男っぽい服だったからな。今日、高校の事前ガイダンスがあったんだよ」 訊かれるだろうと思い、先に理由を答えておいた。そんな俺の機転にも、その医師は「そうか」と短く答えただけだった。 今日は三月の末、世間一般でいう春休みと呼ばれる期間である。この時頃に制服というのはやはり珍しいだろう。 正直、未だに恥ずかしいと感じなくはないのだけど、いい機会だし慣れる為にもこれからは少しずつこういった服も着ていこうとは思っている。 「よく似合ってるわよ、悠希(ユウキ)君」 奥の小部屋──調剤室から出てきた看護婦の小嶋(コジマ)さんが俺に笑顔を向ける。恥ずかしかったけど、素直に「ありがとうございます」と賞賛を受け取った。この体になってから色々と世話になったこともあり、彼女の善意を無碍にするのは気が引けたのだ。 「坪野(ツボノ)先生も、そう思いますよね?」 「……あぁ」 反応に乏しいが、あの坪野医師がそんな感想を言うこと事態が一種の事件と言っていい。 ──似合ってるってよ。良かったな、海佳。 もう居ない──会えない恋人に向かって、俺は胸中でそう呟いた。
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