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「あ……貴方……“賢者様”?」
森の奥深くに住む者は多くないだろう。町人達の話から、里桜はその老婦人が賢者と呼ばれる女性だと思った。だが、聞いていた話よりも穏やかではない。灰色の髪は乱れ、顔中に怒りの皺が深く刻まれている。
「何をぬかすか。私が誰かだと?お前が一番よく解っているだろう、赤き騎士よ!とぼけるでないわ!」
ひしひしと全身に伝わる怒りに危険を感じ、里桜は呼吸を整えながら落とした剣に手を伸ばす。しかし、剣は独りでに浮き上がり、その手中に収まる事はなかった。
きっとそれは、かつて賢者と呼ばれたこの老婦人の操る“魔法”なのだろうと悟る。町人達は当たり前のように話していた。この世界には魔法が存在するのだ。
「何処へやった!我が子を!返せ!返すのだ!」
「な、何の事?私達は町の人達に頼まれて……」
老婦人は里桜を特定の誰かと決めつけているようだ。それは先程口にした“赤き騎士”。町人達の言う“狼から町を救った赤騎士”と同人物だろう。
何故救世主である赤騎士をこの老婦人は憎んでいるのか?里桜には解らない。
「この期に及んでしらばくれるのか!」
本当に何の事だか見当もつかない里桜の答えが気に入らない老婦人は、激しく声を荒らげて睨みつけた。
すると、宙に浮いていた剣が里桜の左腕目掛けて鋭く風を切った。
布が裂かれる音が鈍く漂って、里桜の腕から流れる深紅の血。
「ああっ!!」
味わった事のない程の激痛が腕から全身に拡散して、言葉にならない声を上げる里桜。
「リオッ!!」
白虎は狼達が身体に絡みつき、身動きが取れず、一匹の腹をおもいっきり噛んだ。狼は喉を絞る甲高く短い鳴き声をあげて逃げるように飛び跳ねた。
「や、止めろ!白虎!」
それを見た天狗は、狼達に乱暴するなと白虎を制止した。己が身も狼達に纏わりつかれ自由にならないようだが、引き離すだけで決して自ら鋭い爪も牙も立てなかった。
そして、こう叫んだ。
「彼らは町人だ!賢者の様子を見に来た町人達だ!」
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