赤騎士【二】

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「私は憎い!貴様も町人達も!」 老婦人の怒りは収まらない。我が子のように想った狼を失って、彼女は全てを憎み続けた。憎んだ町人を魔術で狼に変えて操った。彼女を心配した町人達を。 いつか、狼に変えた町人達を使って町を襲わせるつもりだった。家族を失う苦しみを与え返してやるつもりだった。 彼女は己が内に潜む邪気に捕らわれてしまった。 「町の人達は貴方の事を純粋に心配している!」 里桜は怒り狂う老婦人に訴えた。 「賢者様がお好きだった」と渡された手製のパンとブドウ酒は、確かにこの鬼と化した老婦人の身を案じた町人達の想いが籠もっていた。里桜と白虎を送り出した町人達の表情は、確かに老婦人を慕っていた。それを里桜は知っている。 「決して貴方の事が憎かった訳じゃない!彼らは貴方の狼を知らなかったの!弱さ故に……戦う術を持たなかった故に脅威だと誤った判断をしてしまったの……」 人の弱さ。 それは時として悲しい物語を生み出してしまう。 知る勇気。戦う力。 それがあれば狼が町人に危害を加えに来た訳ではないと気づく事が出来たかもしれない。他人に任せて逃げなければ、大きくて小さな間違いに気づく事が出来たかもしれない。 でもそれは老婦人から子を奪った事の言い訳にはならない。だけど、人は野生の動物からは離れすぎた。突然町に現れた狼を恐れるなと言うのも簡単な事ではない。里桜にはそのどちらも解るような気がした。 災難だったと片付けるには余りにも悲し過ぎる現実がそこにはあった。 「黙れ!そんな事は慰めにもならんわ! 弱かったから誤って我が子を殺したと言うのか!それを許せと!」 老婦人は益々声を荒げる。もはや里桜の声は届かない。怒りに震える老婦人は、里桜の剣を操って心臓に狙いを定める。 「桜姫っ!!」 天狗は狼に変えられた町人を傷つけたくなかった。 里桜の腕から流れる血は止まらない。 「お願い!これ以上何も傷つけないで!」 それでも里桜は訴え続ける。出血のせいで目が眩む。機敏に動けない。 「貴様が手を下したのだろう。赤き騎士!私は貴様を許さない!!」 やはり声は響かない。 これまでか……老婦人の魔術を阻む術(スベ)を知らない里桜はそう思った。 「生きてたら許すの?」 だが、その怒りの濁流をせき止めたのは、白虎の一言だった。
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