黒犬【二】

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縁側廊下を挟んで庭に面した居間では一風変わった一家の団欒風景があった。窓際に吊された風鈴が涼しげな音色を奏でている。 「そう言えばこの刀……天羽斬って私しか使えないはずだよね?」 里桜はこんがり揚がった唐揚げを口に運びながら、ふと疑問を抱いた。 「お行儀が悪いですよ、姫。食べるか話すかどちらかにして下さい。」 長い長方形の座卓を囲んで、里桜の向かいに座る玉兎が注意し、里桜は無理やり口の中の物を飲み込んだ。そして、また話を続ける。 「なのに、賢者さんは私を斬れたでしょう?どうしてかなって……」 「世界にはそれぞれのルールや仕組みや理があるから、別の世界ではキミ以外にもそれを使える人が居るのかもしれない。」 玉兎の隣で白虎が言う。天鵞絨(ビロウド)色の甚平が妙に似合っている。今年買ったばかりの物だ。下ろしたての真新しい匂いと、パリっと張った糊がそれを物語っている。 「それに、あの女性は魔法というものを使っていただろう。あの魔法が間接的に使えるようにしたのやもしれん。」 藍色の浴衣を着た天狗が補足して言った。艶やかな黒髪はハーフアップに結われていた。里桜が結ったのだ。里桜は天狗の手触りの良いサラサラとした髪が好きだった。 「じゃあ、私じゃなくても良いんじゃないの……?」 箸を止めて淋しげに里桜が言った。だが、天狗はすかさずそれを否定した。 「他の世界ではそうかもしれないが、我々の世界ではこれを使えるのは貴方しかいない。」 天狗の勿忘草の目はいつも真っ直ぐに強い意志を持っている。変わることのない確固たる意志が揺らぎなくそこに留まる。 里桜は思わず目を逸らした。その目に見つめられると、何故だか薄暗く重たい物が背にのしかかっているように思えた。それが責任や償いだと言うなら、一人では背負いきれない怖さもあった。 里桜はこの世界の人間ではないと聞かされたあの時から、思い出せもしない古い記憶と、負うべき使命に一人で怯えていた。 あの日、覚悟を決めたというのに恐怖は消えなかった。
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