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扉の前には小さな火が焚かれている。
お盆を迎え、帰ってくる霊達を迎える灯火だ。
古びた畳の上にあぐらをかいて、僕は今か今かとその時を待ちわびていた。
一年に一度。わずか数日の逢瀬。彼岸と此岸の垣根を越えて、生者と死者が時を同じくできる時。
まぶたを閉じる。そろそろだ、と何かが告げた気がした。
キィ……、扉が開く音。
目を開けてそちらを見ると、いつまでも変わらない姿の彼女が淡く微笑みながら、声を作った。
「……ただいま」
「ああ……、おかえり」
狭く、綺麗とは言い難い部屋の中、僕と彼女と肩を寄り添わせて何気ない会話を重ねる。
毎年この時期になると、彼女は決まってこの部屋にやって来る。
僕と彼女が一緒に暮らしていた場所。良いことも悪いことも、全てを受け入れてくれた所。思い出そのものとなった、懐かしい家。
彼女と死に別れて数年――もう会えないのだと思っていたのに、会えるはずがなかったのに、彼女が会いに来てくれた。嬉しかったし、現実を突きつけられたようでどうしようも悲しくなった。
死に別れ――共にあったはずの道が、違えてしまった。重なることはもうない。これから先どれだけの時が流れても僕と彼女がいつまでも共に居る道はなく、そして、いずれこのわずかの逢瀬さえ消え失せてしまうのかもしれない。
それは耐えられない。このほんの少しの時間が、心の拠り所となっているのに。
失った現実と突きつけられる現実から逃げ出せる、確かな心の休息所。それがなくなってしまえば、僕は、いよいよ以てして膝を折ってしまうことだろう。夢も希望もなく、泥沼の底へ引きずり込まれてしまう。
しかし、こうも思う。
……いつまでもこのままではいけない。
僕と彼女は、とっくの昔に道を違っている。彼女をここに縛り付けることも、自分自身が縛りつけられることも、本来ならあってはいけない。互いが互いを想ってこその邂逅ではあったのだろうが、だからこそ、僕は彼女の安らぎを願わなければならない。
今年で最後にしよう――その言葉を、僕から彼女に伝える。そう、ここに足を運ぶ前に決めていた。
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