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彼女は優しいからきっと、僕が望めばいつまでもここに縛られ続けてくれるだろう。そうしていたい、と僕自身心の底から思う。わずかの逢瀬でもいい、いつまでも彼女と会えるのなら、何年先でもここへやって来て、今こうしているように肩を並べて他愛のない話をしていたい。
――そう思える程に彼女を愛しているからこそ、今日は別れを告げなければならない。彼女が本物の安寧を得られるように。
でも。
最後となるであろう、この逢瀬。
その間だけは、目一杯、彼女を感じていたいと思う。
そのくらいのわがままは、願ってもいいだろうか。
楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまう。
この数日、僕達は例年のように、ただただ二人で居られる時間を大切に過ごしていた。
会えなかった日々に何をして、何が起こったのか。そして思い出話をして、最後の日には気分転換に外へ出てみたり。
かしましい蝉の鳴き声を耳にしながら、よく二人で行っていた公園に足を伸ばし、木漏れ日の下のベンチに腰を落とす。ジリジリと肌を照りつける日差し。暑くはないだろうかと隣を見やってみれば、麦わら帽子をかぶった彼女は涼しそうな顔をしていた。自然と重ねた手のひらもまた、心地よく冷たい。
前を見据えるその横顔を見ていると、彼女が僕の視線に気付いたようにこちらを向いた。恥ずかしそうに微笑む。変わらない、少女のような表情だ。今さらのように思う。僕は彼女のこの笑みに惹かれたのだろう。彼女に笑みを向けられると、体の内側から温かなものが溢れ出そうになる。
今日で最後なのだ――自分で決めたこととはいえ、もう彼女の微笑みを見られないというのは、やはり辛い。耐えなければ。どれだけ言い聞かせても、僕は彼女のようには上手く笑みを浮かべられなかった。
夕暮れを背にしながら、まばらに人の集まり始めた川の畔を彼女と手を繋いで歩く。昔と変わらない、温かい手だ。小さくて、華奢で、少し強く握り締めれば壊れてしまいそうな。
昔から、彼女と手を繋ぐ時は気を付けていた。壊してしまわないように、優しく優しく、そっと手を握るのだ。そのことを話してみれば、彼女はおかしそうに笑ってくれた。
穏やかな笑み。朗らかな声。緩やかにこぼれ落ちる最後の時間。
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