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立ち止まる。不思議そうに首を傾げた彼女も足を止め、向かい合わせとなる。
僕は顔を川の方へと向けた。
ゆらゆらと流れる、いくつかの灯火。
逢瀬の終わりを告げる、別れの明かり――送り火。
「お別れの時間だね」
言うと、彼女も川を流れる灯篭の灯りを見る。目を細め、物悲しそうに、それでも彼女は微かな笑みを浮かべていた。
いつもそうだ。悲しくても、辛くても、彼女はそれを表に出そうとはしない。そんな彼女が好きだったし、同時に、全てを包み隠さず吐露してほしいとも思っていた。それはずいぶんと今さらで、もうどうすることもできないことだけれど。
何をしていたんだ、と彼女と時間を共にしていた自分を非難する。どうすることもできなくなってから後悔したって、だからどうしようもないのに。何故よりにもよって彼女に対する後悔を残してしまったのか。
不意に彼女が水辺に向かって歩みを進める。後を追うように、僕も送り火の方へと向かった。
歩みを止め、どこか遠くを見つめるような視線。すぐ隣に居る僕を見ていないような、そんな錯覚。
「僕はもう、ここには来ないよ」
胸の奥に突き立った針の痛みを誤魔化すように、僕は言葉を紡ぐ。
「来年も、再来年も、何年先も君を想っているけれど――でも、会うのは今年で最後だ」
彼女は何も言わない。変わらず微笑を浮かべたまま、目に映らない何かを見つめている風だ。
「本当はもっと早くにそうするべきだった。踏ん切りが着かないばっかりに……君に会いたいばっかりに、君を何年も縛ってしまった。君は――前に進むことができるのに」
――死んでしまった僕とは違って。
――彼岸に渡ってしまった僕とは違って。
彼女がしゃがみ込む。近くに流れてきた灯篭に指を伸ばし、手慰みに爪先で軽く触れ、そして離れる。何でもないような、少しも僕を意識していないようなその仕草。
それもそうだ――彼女に僕の姿は見えていない。声も、存在も、ただ僕がそれという風に動いているだけで彼女には僕の何もかもが伝わっていない。
死者と生者が交わることはない。例え彼岸と此岸の垣根を越えられるこの時であったとしても。死者は死の国に、生者は生の国に居るのだから。決して触れ合えは、しない。
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