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「くる、しいよ……かなしい、よ……つらい、よっ」
「そう、そうだろうとも。この世界は理不尽だ。不条理だ。道理にもとる。全てまやかしのくせに、圧倒的な現実感を持って我らを襲ってくる。まるで苦界だ」
吐き出すような私の答えに、重装騎士は同意するように頷く。
「だが――」
そこで一度、言葉は止まる。
なにかに思い馳せるようにうつむき、しかしすぐにまた顔をあげた。
「だが、我は信ずる。信仰している。それは、ここに、在ると」
力強い、声色だった。自らの胸を親指で指し示し、言う。
「どれだけ傷つけられようと、どれだけ血を流そうとも、どれだけ涙を流そうとも」
重装騎士は言う。
「どれほど痛かろうが、どれほど苦しかろうが、どれほど辛かろうが」
ゆっくりと、静かに、しかし力ある声で。
どこかの、誰かに、語り聞かせるように。
この世界の、なにかに、宣言するように。
「『偽物』の痛みに負けるほど、人の心は、弱くない」
重装騎士は、言うのだ。
「人はこの世界に屈さぬ。人は前に進む。人は絶望を踏破していく。我も、うぬも、誰も、彼も。我が決めた。だから信ずる。故にそれはここに在る」
自らの胸を、私の胸を、男の胸を、指差し。
重装騎士は、言うのだ――。
「これこそが、真の黄金方程式。立ち上がれ。一万九百三十五人すべてのプレイヤー、一人余さず、この世界を越えてゆくぞ」
ああ――。
その時の気持ちをどう表現したら良いのだろう。
この人に指差された胸に根付いた熱を、なんと呼べばよいのだろう。
頬を、なにかが流れ落ちていた。
世界が滲んで見えた。
喉が引きつる。
嗚咽が漏れ出す。
胸が熱い。
心臓が痛い。
胸元を握りしめて、身体が折れる。
偽物の身体の奥底の、けれど確かにそこにあるものが、ありもしない血液に流れて、手足の隅々まで全身を巡っていく。
全てが変わっていく。
なにもかも変わらないはずの世界が、もう二度と戻らないほどに、変わっていく。
私の夜を、黄金色の光が消していく。
きっと。
光が満ちたあとには。
とても綺麗な朝焼けが世界を照らすのだろう。
ああ――。
それは、なんて、美しい、こがねいろ――。
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