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――あの姿を覚えている。
あの人の背中を、その大きさを、覚えている。
もう、誰もが諦めていた。
自らの行く末を、悟っていた。
この世界での死が、なにを意味するのか。どうなるのか。
一つの噂があった。
現実と同じ痛みを感じるこの世界で死ぬと、痛みに耐え切れず、その精神が壊れてしまう。
信じてなど、いなかった。
この時になるまで、そんなこと有り得ないと思っていた。
けれど、初めて致命的なダメージを受けて、その痛みを感じて――。
こんなもの、耐えられないと思い知った。
その噂がおそらく真実であろうと、わかってしまった。
「この馬鹿ものどもめ! たった五人でフロアボスに挑むなど、なにを考えている! 最大参加可能人数三十だぞ! たったの五人でなにができる!」
そんな絶望や諦念を吹き飛ばすように、単身、重装騎士はフロアに飛び込んできた。
ただの一人。
たったの一人。
自らの身だけをもって、撤退不可、フロア外チャット不可のこの死地へと。
「な、んで……どうして……」
床に這いつくばったまま、僕はそれを呆然と見ているしか出来なかった。
重装騎士は、そんな僕を守るようにボスとの間に立ちはだかり、腰を落として大盾を構えている。
その向こうで、《銀狼王》が四足に力を込め、今にも飛びかかってこようとしていた。
「見捨てられるか! うぬらがたったの五人ぽっちでここに突入するのが見えてしまって、負けると分かっていて、放っておくことなど出来ようはずがあるまいッ!」
こちらを振り向かずに怒鳴る重装騎士に、僕は息を呑む。
同時、《銀狼王》が跳躍。その身体全てで体当たりを仕掛けてくる。
パーティの戦士を一撃で再起不能にした攻撃。
それを、重装騎士は、呻き声を上げながらも、盾でしっかりと受け止めた。
「そ、それじゃあ、あなたも! このフロアからは撤退できないのに!」
この時になってようやく、そのことに思い至った。
とりあえずの危地を救われたことによる安堵など、一瞬で吹き飛んだ。
自分たちのヘマに、他人を巻き込んでしまった。
それも、ボスの一撃を危なげなく受け止めるほどの高レベルで、痛覚耐性も持った、おそらく生き残ればこれからの攻略には欠かせない存在となるであろうプレイヤーを。
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