20.ここにいる理由

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柔らかな朝の光の中― 『ウィルセイ』 彼女は微笑んでいた。 (ラヴェンダー…) 艶やかな黒髪。 白い肌。 桜色の唇。 あの日、隣にあったはずの彼女の温もりが、一瞬にしてかき消える。 漆黒の闇の中― ウィルセイの目に映ったのは。 ブラッドリーの腕の中で、ぐったりとしているラヴェンダーの姿。 なぜだか、身体が全く動かない。 彼は表情も変えず、ラヴェンダーに短剣を近づけていく。 『俺が奪ってやる。お前の大切なもの全てを』 (何をする気だ…) 『それでも俺と戦えないお前の甘さが、皆を犠牲にするんだよ』 リチャード王が。 レティシア王妃が。 リリー姫が。 ボースが、近衛隊員達が。 気づけば周囲に倒れている。 (やめろ…) ブラッドリーは無慈悲にも刃を降り下ろした。 『やめてくれーっ!!』 ばっ、とウィルセイが飛び起きると、そこは共同宿舎の部屋だった。 夜明け前だからか、まだ薄暗く。 隣の寝台ではポールが寝息をたてて眠っている。 (なんであんな夢を…) 動悸がおさまらない。 ブラッドリーを信じたいのに。 嫌なイメージだけが残っている。 (お願いだから…無事でいてくれ) 何も出来ない自分への苛立ちが、ウィルセイの精神(こころ)を少しずつ蝕み始めていた。 今日の戦闘は団体戦。 単純に個人の技量で魅せるいつもの戦闘と異なり、団体戦は昔の物語や戦記になぞらえてあらかじめ勝ち負けも含めた台本を戦士全員で決めておく。 戦士達は、不慮の事故がないよう入念に打ち合わせを行っていた。 打ち合わせ中、どこか沈んだ表情で集中出来ていない様子のウィルセイを見て、エドはポールとジョーに訊ねた。 「なんだ、あのしけた面(つら)は?」 ポールが心配そうに答える。 「この間の休み街に行ってからずっとあんな感じなんです」 ジョーも珍しく浮かない表情だ。 「ホラ、王様が失踪して交代したって御布令が出てたろ?あれ見てからウィルの奴、様子がおかしいんだよ」 (やはりそうか・・・) 元近衛隊長のウィルにとって、王は絶対の忠誠を誓った相手。 その行方が分からないのに、今の彼は探索できる立場にない。 大切な者のために何も出来ない無力感が、彼の精神状態に影響しているのかも知れない。 (あまり思い詰めるなよ) エドの不安はさっそく的中してしまう事になる。
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