37人が本棚に入れています
本棚に追加
闘技場を出てからずっと、ラヴェンダーはウィルセイの後について黙々と歩いていた。
ずっと会いたくてたまらなかったはずなのに、いざとなるといつも何も言えなくなる。
「あのっ・・・」
ひたすら続く沈黙に耐えきれず、ラヴェンダーが話しかけようとしたその時、ウィルセイが唐突に足を止めた。
「着いたよ」
目の前に広がる美しい景色に、ラヴェンダーは息を飲む。
茜色の夕陽に染まる小さな白い花々。
ディアマンテ王国固有種である、水晶花の群生地だった。
ウィルセイは穏やかに微笑む。
「仲間達と出かけた時に見つけたんだよ。いつか貴女にも見せたいと思っていた」
無数の花々が風に揺れる。
「綺麗…」
この美しさは摘み取られた水晶花では伝わらない。
そのままの景色を自分に見せてくれた彼の心が胸に染みる。
王宮で働いていた頃のようにすっかり荒れてしまった手を、ウィルセイはいとおしむように握った。
「…無事で、良かった」
少し言葉が足りないけれど、温かくて優しい、いつものウィルセイだった。
無造作に開いている襟元には、ラピスラズリのペンダントが揺れている。
ようやく彼に会えたのだという実感で、ラヴェンダーの張りつめていた緊張の糸が切れた。
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を、ウィルセイは掌でそっと拭い、無言のままラヴェンダーの身体を抱き寄せる。
なぜこんなにもほっとするのだろう。
落ち着く先は見つけたが、自分達が逃亡者であることには変わりがない。
護国卿の側についたブラッドリー。
囚われの身になっているリリー姫。
まだ何も解決したわけではないのに、自分はこうして彼の温かさに包まれている。
そのことがどこか後ろめたくて、ラヴェンダーの胸は締め付けられるように痛んだ。
最初のコメントを投稿しよう!