23.追憶

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「俺はもう二度と、大切なものを失いたくねえんだよ!!」 血を吐くようなエドの叫び声が、食堂中に響き渡った。 戦場は誰に対しても容赦がない。 人ひとりの人生を、簡単にねじ曲げる地獄に、皆を引きずりこみたくなかった。 "エドさん!!" 家族のように、大切な仲間だからこそ― 「10年前、俺には妻がいた」 ここにいる誰もが知らない、彼が初めて語る過去。 "エドマンド、あなたの戦ってる姿は素敵ね。だって気持ちが伝わってくるもの" ありのままの自分を受け入れてくれた唯一無二の存在。 「所帯をもってこれからって時に、あの戦が起きたんだ」 "行ってらっしゃい…気をつけて" あの日の朝も笑顔で手を振って送り出してくれた彼女。 小さな命を宿したお腹は、少しふくらみが目立ってきていた。 "今日は出来るだけ早めに帰るよ" "はーい。期待しないで待ってますね" いつも通りの何気ないやりとりが。 彼女と交わす最後の会話になるとは、夢にも思わなかった。 「あの頃俺は、お前のように自分の手で大事なものを全て護れると思ってたよ。でも間違いだった」 "マイカ王国が侵攻してきた!!" "総員、至急迎撃に向かえ!!" あちこちで火の手が上がり、否応なしに戦の火蓋は切って落とされた。 血と土埃にまみれ、ルゴス城に戻った自分が見たのは、我が家のある方角で、もうもうと立ち昇る黒煙。 (嘘だ…) 傷だらけの身体で、馬を駆りひたすら走った。 身体の痛みなど、どうでも良かった。 (誰か嘘だと言ってくれ…!) 帰るべき場所に辿り着いた時、目の前にあったのは、跡形もなく焼け落ちた我が家の残骸だけ。 そして少し先の道ばたで見つけた、彼女の変わり果てた姿。 最期まで必死に我が子を護ろうとしたのだろう。 お腹を抱えるようにして、倒れていた。 「一番護りたかった、大切な人達を俺は失った」 今でも忘れられない。 気がつけば冷たくなった彼女の身体を抱いて、ふらふらと歩いていた。 「なんでだろうな。空がやたらと綺麗だったのは覚えてる」 見上げた空は、どこまでも青く。 彼女がいなくなったというのに。 世界は変わらず、残酷なまでに美しかった。
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