一章

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 僕が仕事を辞めたことには、それなりの理由がいくつかあって、それらがジェットストリームアタックばりに絡み合ってのっぴきならない事情になったのだと言い訳をしておく。  僕は建材屋の営業マンだったのだが、あの元建築士の不祥事をきっかけに急ピッチで改正された法律は決して実務家の考えたものではなく、建築業界そのものを大不況に陥らせる代物であり……つまるところ、大工が家を建てられなくなった。  そうなれば得意先の工務店は次々と倒産するわけで、僕の会社も痛手を被った。  というか僕の取引相手も夜逃げして、会社にはばさっと減給された。  先輩達も自分の数字を上げることで精一杯で、無理を通して仕事を確保しようとする。  その皺寄せは下っ端の僕に振りかかってくるわけで、軽トラックに山ほど建材を積み込んでは先輩達の得意先に配達をしつつ、新規の得意先を開拓せねばならないという状態になる。  「この業界ではもう食っていけないんじゃないだろうか……」という不安は誰もが抱えていたし、僕だって例外じゃない。  先行きの見えない日々、酷使される日々、時間給に換算すると悲しくなる給料。  辞職を本気で考え出した頃、入社して何度目かの交通事故を起こした。  ついに本社事務への異動命令が下されたが、僕は腹を切ると称して仕事を辞めた。  ここで辞めなかったら、もう逃げ出すタイミングはないと思った。  かいつまんで説明すると、こういうことになる。  人間が思い切って仕事を辞めるということにたったそれだけの理由だったわけでもないのだが、まあ、これ以上の自己弁護は見苦しいだけだな。
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