嘘流し

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 市内を流れる一本の川。川幅は十メートル程あり、その上には数キロ間隔に、橋が架けられている。河川敷にはホームレスもちらほらと見られる、一見何も変哲のない川。  しかし、この川には一つの“噂”が存在する。 『川の岸から対岸まで泳ぎきれば、自身を取り巻く嘘が流れる』  誰が広めたのか分からなければ、真実かも分からない。......いや、それを聞いて、まともに信じる者はいなかった。  今、町が寝静まった時間に岸に立っている二十代の男も、その一人だ。髪は染め、ピアス、ネックレスをしている派手な格好。対して、表情は明るくない。  男がここに来た理由は一つ。嘘を流してもらうため。友人との飲み会で噂を聞いた男は、初めは「馬鹿馬鹿しい」と切り捨てたが、今はそんな事にもすがりたい気分なのだ。 「彼女が俺を愛していないなんて......嘘に決まってる!」  ついさっき、男は一年間付き合っていた彼女に振られたのだ。「あなたに飽きた。もう好きじゃない」と。  これほどはっきり言われたのに、男は諦めなかった。何か事情があるんだ。彼女は、まだ俺が好きなんだ、と。自意識過剰もいいところだが、それほど、男は彼女を愛していた。そこでふと噂を思い出し、実行に移すことにしたのだ。  彼女を嘘を流すなら、その彼女が川を泳がなければならない......という事に、男は気づいていない。俺が泳げば、彼女の嘘が流れると男は思っている。
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