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その男は昔、幸せだった。
男は木こりを生業とし、愛する家族と共に暮らしていた。
その日もいつも通り樫の木を数本切り倒し、帰路に着いた。
我が家が近付けば妻が作った夕飯の匂いがしてくる。さらに近付き「帰ったぞ」と声を掛ければ、息子が駆け寄り抱きついてくる。
いつもそうだった。今日もそうなるはずだった。
だが今日の匂いは違う。獣と血の匂い。胸騒ぎを覚えた男は走り出す。
目に飛び込んだ光景は半壊した我が家。次に見た物は獣の姿。
熊? いや違う。男が知っている熊より倍は大きい。
熊のような巨大な獣は食事をしている。
片方に男の妻だった物、もう片方に息子だった物を持ち、それを交互に噛み砕いては咀嚼していた。
男は絶叫し、我を忘れて獣に襲い掛かる。
最初の一撃は決まった。長年愛用してきた斧が獣の左目を見事に潰す。
だがそれまでだった。食事を邪魔された獣の怒りは凄まじく、男はボロ雑巾のような状態になるまで反撃にあう。
運が良かったのか、片方の視力を失いたての獣は距離感が掴めず、男に致命傷を与えられなかった。妻と息子の犠牲のおかげで獣の腹がある程度満たされたのも手伝い、男は生き残ってしまった。
獣が去った後、息も絶え絶えの男は誓う。
殺してやる。
どこにいようともアイツを見つけ出し、この手で必ず殺してやる。
男はそばに生えていた薬草をクチャクチャと噛み潰し、傷口に刷り込んだ。
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