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「あれは黒の絵本だ。僕の大好きな本の内の一つ。大切な宝物になりそうなものの内の一つ。そして、誰にも理解されることのないものの内の一つ……」  ズッと音を立てて、男はカップを極端に上に倒した。カップを下した男の口元には、黒色の液体が申し訳程度に付いていた。  青年は真に迫った表情に変えて言った。 「それを、あの彼らに見せたのか?」 「見せたんじゃない」男は青年を冷徹な目で見据えた。 「これから見るんだ」  突然、この世の物ではないような、獣のような叫び声が鳴り響いた。  青年は驚いて映像に目を向けた。そこで、どうやらこの叫びはこの映像内から発せられていることが分かった。しかしあまりの声量に青年の顔は自然と歪んだ。 「おっとっと」と言って、男は慌てた様子でデスクのどこかを押したりなぞったりし始めた。  そうするうちにやがて、叫び声の大きさが徐々に小さくなっていった。  音量のことまで考えないとね-、と男は愚痴のように小さく呟いて舌を鳴らした。  青年は平静を取り戻した顔で、映像を見つめた。  映像の中はまさに地獄絵図だった。  彼が彼の肉体を食いちぎり、食いちぎられ崩れ落ちた彼を違う彼が食べ、またその後ろから爪を鋭く立てて他の彼が彼を襲う。映像の中はまったく取るに足らない時間でたちまちに赤色で満たされていった。  青年は苦しげに眉を寄せ、視線を外した。  それを見て、男はおや、と呟いて青年の方を見た。 「君はまだ、僕の実験に慣れていないのかい?」  青年は冴えない口調で答えた。 「慣れてるよ。慣れてるが……。だがそれでも、何かが死ぬのは見たくない。できればしたくもない」 「実験を?」男は本当に不思議そうだった。 「そうだ」  へえ、と、男は素直に驚いたような目をして目線を映像に戻した。  映像は紅色の池と化していた。そこらここらにどこかが欠けた何かがゴロゴロと転がっている。中にはピクピクと時折震えるものもあった。 「うーん」男は両手を顔の前で組み、デスクに体をもたれさせた。その表情は少し残念そうだった。 「こりゃ、悪くて十割。失敗かな?」  男がそう呟いた直後だった。映像の中に、ハッキリとした動きがあったのだ。それは映像の片隅で、全身を赤で染めながらもゆっくりと身を起こそうとする何かだった。
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