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「あー、ごめん。でも、事前に言っていたら帰ってこないし、逃げるだろ? 参加したとしても、女をパートナーに選んでいたかもしれない」
「どうして、みんなはそんなにぼくに女になってほしいんだよ。別に男でもいいじゃないか」
「さあ? でも、俺はナターシャが女の子になってくれると嬉しいけどね。きみは女子用の制服が似合う」
そう言って笑うジルのお腹をもう一度殴る。咽ているジルと話に花を咲かせている両親たちをそのままにナターシャは自室に向かった。
部屋に入ったナターシャは、少ない荷物を簡単にバッグに詰めていく。
「帰るのか?」
ナターシャが入口に目をやると、ドアに凭れ掛かってクルトが立っている。クルトから顔を逸らして、着々と詰めていく。
「もう終わっただろ。ここにいる理由がない」
「まだ体は本調子じゃないだろう。今日一日ゆっくり休んで明日発てばいい」
「へえ、なにあんた。女にされかけているってのにゆっくりしろって? はっ! 冗談だろ?」
ナターシャはバカにしたようにクルトを見やった。その声は少し掠れている。
「それなら今日も明日も大して変わらないだろう。今日は、しっかり休むんだ」
「……わかった。でも、明日の朝一で帰る。いいね」
ナターシャはクルトを部屋の外に押しやってドアの鍵を閉めた。
姿見鏡に掛かっていたシーツを取り、自分自身の姿を映す。今はまったく変わってはいないがこれから少しずつ女の体になっていくのだろう。
両性体が完全な性になるスピードは、個体によって異なる。早くて一年で性転換する者もいれば、五年かけてゆっくり転換する者もいる。
ゆっくりと鏡に映る自分の顔をなぞるように触る。
「はやく、はやく探さないと。 ぼくは、女になりたくない……。アレイラ、アレイラ……」
鏡に額をつけて、ナターシャは目をつむる。
何度もアレイラの名前を繰り返し呟いていた。
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