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手当てを終えたジルはナターシャの背を押し、部屋の外に出す。
「ジル!」
「ナターシャ、俺はきみの意思を尊重したいとも思う。でも、きみが女になればとも思ってるんだ」
どこか苦しそうな表情をしてジルはそう言うと、そのままドアを閉めた。
ドア越しに何度かナターシャが声を掛けても、ジルはドアを開けなかった。
出てくる気配のないジルにサインを諦めたナターシャは、自室に向かった。他に方法はないかと歩きながら考えていると、反対側から歩いてくる人に気付かず、勢い良くぶつかる。
「いってー……ってマット・スクーズ? 悪い、考え事しながら歩いてたから」
「ナターシャ……。どうかした? 眉間に皺よってた……」
「ちょっと考え事してただけだよ。そっちは、絵でも描いてきたのか?」
ラディの腕の中で大事そうに抱えられている一冊のノートを指さしてナターシャは言った。ラディは獣人族の中では珍しく、運動より芸術に興味があり、取分け絵を描くのが好きで、時間を見つけては色々なところに行って様々な絵を描いている。それが従兄弟であるアレンには不満で仕方なかった。
「……さっき、子猫がじゃれてた。とっても可愛かった……」
いそいそとページを捲って、その様子を描いた絵を見せてくるラディに、絵を見てナターシャは笑った。
「相変わらず上手いね、マット・スクーズ」
「他にも色々描いた。えっと……」
他の絵も見せようとページを捲ると、何枚かの紙が間から落ちてきた。その絵を拾うとそこに書かれていたのはナターシャだった。
「最近のナターシャ、今までよりもっと綺麗。だから、描いた。とっても綺麗」
「……ありがと。なあ、ここじゃあれだから今から僕の部屋来なよ。そこで色々見せて」
ナターシャの誘いにラディは頷き、嬉し気に尻尾が揺れている。
部屋に着くと、ナターシャはお茶を二人分入れ、ラディは床に座ってテーブルの上にノートを開いて置く。人物から動物、植物、たくさんのものが描かれている。その中で一番多く描かれていたのはナターシャだ。
「今一番描きたいのナターシャ。とっても綺麗だから」
「ふーん? これとかジルと一緒だね」
「うん。ジル・エンヴィ先輩、ナターシャには違う」
「違うって、なにが?」
「なんか……違う」
何が違うのか、ラディは考えるようにじっと絵を見つめた。ナターシャはその様子を黙って見ていた。
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