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「いや、ほんとうまいから。おまえも一口食べてみろ!」  フォークに刺して口元に持ってくるサハンに、ナターシャは首を振った。 「ぼく、甘いのって苦手だから。特にそんなシロップやホイップクリームが乗ってるものはね」 「うまいんだがな」 「見てるだけで満足だよ。……あんた、ギャップ激しすぎだろ。その見た目で甘いの好きとか」  サハンはがっしりした体格に、精悍(せいかん)な顔立ちをしている。ウルフカットの紫がかった黒髪に、碧色(あおいろ)の瞳が印象的な美丈夫だ。そんな男がおいしそうに甘いものを頬張る姿は、破壊力がすごい。 「このシロップがうまい具合にパンケーキに絡んでてさ。いや、最高だな」 「あんた、ここにホイップクリーム付けてるよ」  自分の口元を指さしてナターシャは言った。  サハンは口元を指で拭うが、クリームが付いているところとは違うところを拭いている為落ちない。  的外れな場所ばかり拭うサハンに、「鼻から下全部拭け」とナターシャは持っていたハンカチを渡した。 「こう指で拭うとかないんだな」 「そんな夢みたいなことあるわけないだろ。そんな彼氏彼女みたいなこと……」  ナターシャの声はだんだん小さくなっていった。 「自分で言ったことにダメージでも受けてんのか?」  手に持っていたハンカチをテーブルの上に置き、口の端を上げてサハンは笑った。 「おまえ男になりたいんだろう? さっき言ったよな。選びたい性があるって。その容姿、誰が見ても女が似合うと思うだろう。だが、おまえは男になりたい」 「ぼくがなんの性になりたいかなんてあんたに関係ないだろ」 「確か両性体の性の決め方は、 選ぶ性とは逆の性のパートナーと一夜を共にする。男になるなら女を、女になるなら男を。竜族は準成人式の日にやるんだろう? さしずめ、おまえの相手は男だったんだろう?」  ナターシャは目を見開いた。  両性体の性の選び方は誰もが知っている内容ではない。それを当たり前に知っていて、話してくる目の前の男にナターシャは「なんで」と言った。 「なんで性の選び方を知ってるの。ぼくも直前まで知らなかったことを、なんでおまえが知ってるんだ?」 「調べたんだよ。俺昔から両性体に興味あってな。学校での論文のテーマもそれにしている。どうしてこの世に両性体が産まれてくるのか。産まれてくるのは法則性があるのか? 両性体に産まれ、性を選ぶ方法は何か? 色々調べているうちに知ったんだよ」 「それで? あんたが調べて知ったのは性の決め方だけ?」  ナターシャはまっすぐサハンを見つめた。  サハンはニッとナターシャに笑いかけた。 「教えねえよ」 「はあ?」  ナターシャが発した声は普段より少し低く、瞳孔が縦長に開いている。  苛立ったり、何か感情的になることがあると竜族の瞳孔は縦長に開く。今のナターシャもサハンに少しの苛立ちを感じている。 「俺もおまえが女になったとこみたいから。おまえは目的があって男になりたいようだが、諦めて女になれ。そうすりゃ、楽だろ」 「……確かに楽だろうね。でも、ぼくは男以外になりたいとは思わない。男にならないといけないんだよ」  ナターシャの言葉はどこか自分に言い聞かせているようだった。 「そこまで必死になるのは、好きな子がいるからか?」  サハンの質問には答えず、ナターシャは微笑んだ。その笑みがすべての答えでもあった。 「俺が今まで読んで、調べた本にもはっきり儀式で選んだ性と別の性にできる方法は載ってなかった。ただ、気になる一文があった。"すべての答えはアカツキが眠る場所にある"」 「アカツキが眠る場所?」 「ああ。自分の選ぶ性に疑問がある時、その地に行けばすべての答えが見えるだろうってな」 「それで、その場所は?」 「そこまでは載っていなかった。それを調べれば、おまえが求めてるものは見つかるかもな。あと」  そこでいったん言葉を区切ったサハンは、困ったように笑ってナターシャに目をやった。 「なに?」 「おまえがさっき本を見て「これだ!」って言っただろ? あの本に書かれてることは鵜呑みにしない方がいい。あれを書いたのは……両性体狩りをしていた男だ」  ナターシャは息を呑んだ。  まさかほしかった答えが載っていたのが、両性体狩りをしていた男が書いた本だったのはショックが大きい。載っていた内容が嘘の可能性も高く、何のために必死にあの本を探していたのかと頭を抱えたくなった。 「……あんたが教えてくれた情報、ちょっと調べてみるよ。それが一番の近道みたいだしな」  飲み終わったカップをテーブルに置き、ナターシャは伝票を取ろうとした。 「ここは俺が払う。この間のお礼と、おまえが手に入れた情報を無駄にしたお詫びってことで」 「元々ぼくが奢るってことで来たんだし、あんたは払わなくていいよ」 「いいから、俺が払う。そう言うなら今度奢ってくれ」  そう言ってサハンは伝票を持ってレジに向かった。  そのまま会計をするサハンに、ナターシャは不満そうにしながらもお礼を言った。そんなナターシャの様子にサハンは笑った。
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