2013年 8月11日 【吾妻紫】

1/39
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ

2013年 8月11日 【吾妻紫】

  2013年 8月11日 【吾妻紫】 ────── 「兄さんと違って、あたしはこの村から出たことがないんだよ。その意味くらい、いい加減気付いたら」  紫は、口走ってから「しまった」と思った。慌てて口を押さえようとしたが、零斗の表情は変わらない。  やはりか、と思うと安堵するとともに、行き場のない怒りが紫の身体の中を渦巻く。  兄の隣にいる、恋人として連れて帰ってきた女性。  のぞみと名乗った女性に対し、初対面の紫が抱ける感情など何もない。  だが、“兄の恋人”──それが示す存在が、紫の胸を波立たせる。  昨夜、村中でその噂を聞いた。ばば様が零斗の恋人を織姫に据えようとしていると。  司祭は、今さら確かめるまでもない。隼人が務める。  祖霊舎で、のぞみと隼人は一夜を過ごすのだ。  そのことを考えただけで、紫は行き場のない嫉妬を抱えてしまうのだ。自分が織姫になれれば、どんなにいいか。 .
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!