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2013年 8月11日 【吾妻紫】
2013年 8月11日
【吾妻紫】
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「兄さんと違って、あたしはこの村から出たことがないんだよ。その意味くらい、いい加減気付いたら」
紫は、口走ってから「しまった」と思った。慌てて口を押さえようとしたが、零斗の表情は変わらない。
やはりか、と思うと安堵するとともに、行き場のない怒りが紫の身体の中を渦巻く。
兄の隣にいる、恋人として連れて帰ってきた女性。
のぞみと名乗った女性に対し、初対面の紫が抱ける感情など何もない。
だが、“兄の恋人”──それが示す存在が、紫の胸を波立たせる。
昨夜、村中でその噂を聞いた。ばば様が零斗の恋人を織姫に据えようとしていると。
司祭は、今さら確かめるまでもない。隼人が務める。
祖霊舎で、のぞみと隼人は一夜を過ごすのだ。
そのことを考えただけで、紫は行き場のない嫉妬を抱えてしまうのだ。自分が織姫になれれば、どんなにいいか。
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