あちら側

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 ある日のこと、S社で働く俺達は、突然、上司からの呼びつけに合い、社長室に有無を言わさず行かされた。 「何かマズイことでもしたのか?」  同僚の一人が不安がっていたが、それはないだろう。同じ部署の一人や二人なら、上からのお叱りかもしれないが、呼びつけられたのは各部署からだ。中には俺の知らない顔も混ざっていた。叱られるにせよ、他人を織り交ぜての説教など、社長自ら、わざわざするだろうか。 「出世だろうな」  別の部署の奴が、そんなことを楽しそうに言ってたが、それもない。出世ならば、異動の張り紙一枚で事足りるはずだ。上司から声をかけるのでもいい。解雇通知も同じことだ。  結局のところ、俺達は何故、社長室に呼び出されたのか、皆目検討がつかないままだった。  社長室に着くと、社長が待っていた。俺達は緊張した面持ちで社長の前に並んだ。広々とした社長室でも各部署からの人間が集まり並ぶと結構、狭く感じた。  これから、いったい、何があるというのか。 「忙しいところ、すまないね」  どんな目に遭わされるのか、不安に思いながら俺達は社長に愛想笑いを向ける。社長は一人、一人、俺達の顔を食い入るようにして見つめていくと、 「どうやら、全員、本物のようだな」  社長は妙なことを口走った。俺達が本物とは、どういう意味か。まさか、会社に産業スパイでも潜り込んでいるというのだろうか。  俺達は思わず、互いに顔を見合った。知らない顔もあったが、S社に産業スパイが潜り込んでいるとなると、重大な問題である。 「君達が本物であるということを見込んで、やってもらいたいことがある。ある会社の産業スパイとして潜り込んでほしいのだ」  社長の言葉に俺達はギョッとした。今さっき、産業スパイを警戒していたが、まさか、社長自ら産業スパイをするよう指示を出してくるとは。 「どこの会社をスパイすればいいのですか?」  産業スパイと聞けば、誰だって驚く。だが、度胸のある者は手を挙げて、社長に質問を投げかけた。
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