想い出の男

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三十歳を目前に会社を辞めてしまった玲の兄・健一が、一時期、このスイミングスクールのコーチのアルバイトをしていた。 健一は玲に、『スイミングスクールでは、日曜日の午後、プールを一般に開放していて、会員でなくても500円で夕方5時まで泳げるよ』と教えてくれた。 4月に新社会人として照明器具のメーカーに入社を控えていた玲は、ファミレスのバイトも辞めてしまった。 せっかくダイエットが成功しつつあるのに、家にいることが多くなったせいか、リバウンド気味だった。 採寸済みの会社の制服のサイズが上がってしまうかもしれない。 それは絶対避けたかった。 新しい生活で、仕事を頑張って、恋もしたい、生まれ変わりたいと思っていた。 暇つぶしも兼ねて日曜日の午後、プールに行くことにした。 2月の寒い時期に、会員でもないのに、わざわざプールに行こうと考える人は少ないらしく、フリータイムのプールに閑散としていた。 玲は嬉しくなる。 (良かったあ…これなら、あんまり人目を気にしなくてもいい…) 中学、高校時代に比べたら、かなり痩せたとはいえ、体形にはコンプレックスがあった。 運動はあまり得意ではないが、泳ぐことは嫌いではない。 仰向けで水に浮いて、ぼんやりと天井を眺めていると心地良かった。
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