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部屋の端っこの、あまり目立たない席で、元級友たちがはしゃぐ姿を少し冷めた目で見ていたぼくは、あまりにも近いところから聞こえたその声にビクリとして振り返る。
とても肌の白い、綺麗な女性の顔がすぐ側にあった。
中腰で前屈みになった姿勢で、ぼくの耳に口を寄せていたのであろう彼女は、そのままの姿勢で大きく目を見開いたまま固まっている。
たぶん、完全に油断していたぼくの、あまりにも大袈裟な驚きかたに、彼女もびっくりしたのだろう。
「てゆうか、誰?」
この場にいるのだから元クラスメイトの誰かなのだろうけど、それが誰なのか特定することができず、ぼくは上体を少し後ろにずらしながら、そう訊いた。
「えー? あたしがわかんないなんて、超失礼じゃない?」
彼女は小首をかしげながら、ぐぐっとさらに顔を近寄せる。膨れっ面に、つんと尖らせた唇が艶々と色っぽい。
けれども、彼女のその表情に、まだ幼かった小学生の頃の面影が残っていた。
「もしかして、緒方真奈依?」
「なんだ、ちゃんと覚えてくれてたんだ。てか、今でもやっぱりフルネームなんだね」
緒方真奈依は、にっこりと笑うと、そのままぼくの隣に座りこみ「でも、もう緒方じゃないんだよね」と、左の手の平をぼくの目の前に伸ばしてきた。
「今さら他の呼び方なんてできねぇし、緒方真奈依でいいだろ?」
目の前にかざされた彼女の指の銀色をした指輪をちらりとだけ見て、ぼくはポケットの中にあるはずのタバコを探った。
「あれあれ? もしかして、まだ緒方真奈依のままでいてほしかった?」
彼女はそう言って悪戯っぽく笑うと、ぼくの顔を覗き込んだ。
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