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正直なところ、緒方真奈依が緒方真奈依でなくなったことは少し残念だった。
だけどそれは、別に彼女が結婚したことがというのではなく、本当にその言葉の通り、彼女が緒方真奈依という名前でなくなったことが残念なのだ。
なぜなら、ぼくは小学生の頃から彼女のオガタマナイという名前の響きが好きで、ずっとそう呼び続けていたのだから。
「そんなわけ、ないだろうが」
ようやくポケットの中でぺしゃんこになっていたタバコを見つけたぼくは、それを取り出して一本くわえた。
「今、ちょっと考えた? 考えたよね?」
少し離れたところにあった灰皿を取るとぼくの前にそれを差し出し、緒方真奈依はケラケラと笑う。
彼女とは小学生の頃までよく遊んでいた記憶がある。中学校も同じだったが、一緒のクラスになることもなく、そのうちに学校や町中ですれ違っても話をすることはなくなった。
そんな彼女が今、こうしてぼくに親しげに話しかけてくることが、何だか不思議でならなかった。
「なんだよ、まな板。こんな隅っこに隠れてやがって」
斜め上から野太い声がして、ぼくを影が覆った。
見上げると、そこにはスーツ姿の大柄な男が立っている。日に焼けた四角い顔に、タワシを乗っけたような髪型の彼は、乱暴な言葉遣いに反して人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。
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