57人が本棚に入れています
本棚に追加
「どんな?」
俺は聞いた。
先生が向かい側の椅子に座った。重苦しい顔をしている。
「何もない宙を見てぶつぶつ言ったり、いきなり殺さないでって叫んだり、泣いたり。今よりずっと変でしょ?」
「そんなことが……」
白々しくそう言いつつ、俺は思っていた。
俺が帰ったあとも、嗣人くんはあの現象に苦しんでいたんだ。そして、それを自重する余裕がなくなるくらい、精神的に追い詰められていたんだ。
「それで先生はどうしたの?」
「もちろん手に負えなかったから、専門の病院に診てもらったよ。そこで薬を処方してもらって、今は治療中」
「治るの?」
俺は反射的に聞いた。
「どうだろう。でも薬が効いている間は幻覚もみないし、気分も安定するって」
先生は一呼吸置いて答えた。
安定?そう聞き返したくなるのを、俺はぐっと堪えた。
「その薬、リスクは?」
「あるよ。でも嗣人がそれでもいいって。嗣人の強い意思だよ」
先生の口調は、反論の余地を与えない気迫があった。
「まぁ、何にせよ、これは家族の問題だから」
そう言われると何も返せない。俺は嗣人くんにとって何者でもない、他人なのだ。
最初のコメントを投稿しよう!