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恋愛禁止だと言われているわけではないが、暗黙のルールとしてそれは存在している。それに、新人である圭にとって、恋愛だなんて言ってられる暇はない。
音響という仕事をできるようになるために、日々が勉強で覚えることは山ほどあり、さらにキャストに気を使い、他スタッフにも気を使わなくてはならず、何回か舞台の現場を経験したが楽しいとは思うことができないでいた。
「次はどんな仕事なの?」
「なんか、アイドルの子がヒロインで、去年の戦隊モノのレッドが主役のはず?」
「え、まじで?それって白石くん?」
「うん。たしかそんな名前 」
「夢物語だっけ?」
「あ、それそれ。しってるの?」
「知ってるもなにも、駅とかにポスターはってあるし、あれチケット完売らしいじゃん!」
「そうなの?土日だけじゃない?」
「ねぇ、チケットとれる?生白石くん見たいんだけど!深夜ドラマ、この前主演しててイケメンだなーって思っててさあ!」
「テレビ最近見てないからなぁ。チケット、招待は難しいかもだけど…1,2枚だったら取れると思うよ…」
「とって!」
「聞いてみるね。」
「ありがと!やっぱり羨ましい」
「はぁ?」
「圭にはわからないかもしれないけど、私は羨ましいよ。圭の仕事。」
そんなことを言われても圭にとって、やはり“羨ましい”という言葉は嫌いだった。特別なことをしているわけでもないのに、羨ましがられては、なんだか気持ちわるいのだ。
「それをいうなら、弥生の仕事のほうがよっぽど羨ましいや。」
「そう?普通のしがないOLが?」
「うん。私生まれ変わったら、絶対音響なんかやらない。」
「いやなら今すぐやめれば?」
「今回の人生はいいの。次はやらないの。」
「ふーん。よくわかんないや。」
久しぶりの仕事外の人間はやはり新鮮だ。空になったカップを置いて、窓の外を見ていると、トイレにいくねと弥生が席をたった。
席で一人になり、そういえばと携帯を取り出すと、着信が3件、上司から来ていた。休日だろうと容赦なく連絡が来る。折り返しをしなかったらしなかったで、次に会った時に叱られてしまうだろう。この業界は早いレスポンスが命だそうだ。
仕方ないかと携帯の通話ボタンを押した。
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