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「もう、しーちゃんのせいなんだからね!」
「わかってるって……帰りに何か奢るから許せよ」
そう、俺のせいなのだ。今こうして走って登校しているのも、彼女が怒っているのも、何もかも。
全部、俺がなかなか起きなかったせいなのである。
「ケーキ、二つだからね!」
そう言って彼女は走る速度をさらに上げる。俺もそのあとを追うように強くアスファルトを蹴った。
朝から激しい運動をしなければならないなんて、なんと辛い現実であろうか。走ってるのは俺のせいなんだけど。
「しーちゃん! ゆっくり走ってると、本当に遅れちゃうよ!」
結衣は長い栗髪を翻して俺に言った。どやす彼女を無視して、俺は目に掛かる前髪を撫で付けた。
色は燃えるような紅。これはこれで結構気に入っている。普段は少し癖があるだけなのだが今は寝癖のせいであっちこっちに好き勝手跳ねている。
それは俺達が遅刻した理由を如実に表していた。
結衣がぼやく小言に反論する余地が皆無であることを再認識させられ、俺は溜息を吐いた。
笹倉 結衣(ササクラ ユイ)。それが俺の前を走っている少女の名前だ。
彼女は俺のことを〝しーちゃん〟と呼んでいる。これは俺の本名、熾音(シオン)をもじったもので、昔から続けている呼び方だ。
俺との結衣の関係は、世間一般で言うところの幼馴染みだ。
幼き頃からの顔なじみ。言葉の通り、俺達は小さなときから一緒にいる。
確か知り合ったのは二歳の頃だから、かれこれ十五年近くもの時間を共にしている。
それだけ長い時間一緒にいれば、当然互いのことを知り尽くすわけで、これまで俺は結衣の多くの一面を見てきた。
例えば、結衣はかなりモテる。
身長は百六十センチ足らずと平均的だが、その若干幼い言動と無垢な性格は非常に男性受けがいいようで、これまで何度も告白されるのを見てきた。
結衣はその全てを断ってきたのだが、中にはとんでもない曲者もいた。
ある時には家まで来て告白してきた者もいて、そういった時はよく俺に助けを求められたものだ。
俺と結衣の家は隣同士なので家族ぐるみ(?)で仲良くしてもらっていた。そんな家族間の事情もあってか、互いの親を通じて情報がやり取りされているのである。
俺と結衣の仲がやたらと良いのはそういった理由からだ。
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