リンゴ飴

2/11
前へ
/16ページ
次へ
 時刻はとうに七時を過ぎていたが、夏空はまだ明るい。  海沿いに連なって点る電灯の光も、ためらいがちだ。  ぱぱん、ぽぽん、と波止場の先で、煙だけの花火が上がっている。  乾いた破裂音は遠くの山にこだまして、淡い空色に溶けた。  ヒグラシの、声がする。  私は防波堤に沿って、港を目指して歩いていた。  高いコンクリートの向こうから、くり返し、潮騒がひびいてくる。  アスファルトを擦る下駄の音がリズミカルに重なり、そこへ、別の足音が追いついた。 「待って、紫織」  振り向くと、息を切らせた洋子がいた。 「紫織のお母さんが、持って行きなさいって。お茶……」  頬を紅潮させながら、五百ミリのペットボトルを差し出す。  片手にも同じものを持っている。  ラベルは取り除かれていて、中味は半分凍っていた。  ああ、それで遅かったのか。  思ったが、口には出さなかった。  ありがとう、も、ごめんね、も、言わなかった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加