0人が本棚に入れています
本棚に追加
時刻はとうに七時を過ぎていたが、夏空はまだ明るい。
海沿いに連なって点る電灯の光も、ためらいがちだ。
ぱぱん、ぽぽん、と波止場の先で、煙だけの花火が上がっている。
乾いた破裂音は遠くの山にこだまして、淡い空色に溶けた。
ヒグラシの、声がする。
私は防波堤に沿って、港を目指して歩いていた。
高いコンクリートの向こうから、くり返し、潮騒がひびいてくる。
アスファルトを擦る下駄の音がリズミカルに重なり、そこへ、別の足音が追いついた。
「待って、紫織」
振り向くと、息を切らせた洋子がいた。
「紫織のお母さんが、持って行きなさいって。お茶……」
頬を紅潮させながら、五百ミリのペットボトルを差し出す。
片手にも同じものを持っている。
ラベルは取り除かれていて、中味は半分凍っていた。
ああ、それで遅かったのか。
思ったが、口には出さなかった。
ありがとう、も、ごめんね、も、言わなかった。
最初のコメントを投稿しよう!