空の向こう

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結衣が弱っていく。結衣には涙を見せまいと誓っていた。 病室を出て、廊下の壁にもたれ、そのまましゃがみこむ。こぼれ落ちるものを必死に拭う。 見せる希望も無いのに、それでも生きろと言わなくちゃいけないのか? あの激しい頭痛が続いていた。そして決まって同じ夢を見る。 桜の木、見知らぬ女性、軍服姿の僕。 何か意味があるのだろうか? 今日はその夢に続きがあった。 僕は飛行機に乗っている。自ら操縦桿を握っている。 大空を駆ける。太陽が真下から昇り、僕の背中に消えていく。 自由だ。魂が解き放たれる。操縦席の中一人歓声を挙げた。 オイルの焼ける臭いが強くなり、右に旋回して、滑走路に機を降ろす。 背の高い一人の男が駆け寄ってきて僕にこう尋ねた。 「決まったのか」 「ああ、日にちは言えないが」 男は背筋を伸ばし、右の指先をこめかみに当てた。僕もそれに応えた。 「おめでとう」 「世話になったな」 二人並んで歩いているところで目が覚めた。 作業着の胸の刺繍に見覚えがあった。 僕はこの男のことをよく知っている。記憶の断片をかき集める。 僕は一体誰なんだ? パソコンを立ち上げる。 それは直ぐに見つかった。 僕と同じ名前。その横には享年19の文字。 今の僕と同じ年。 68年前の記録。 夢なんかじゃない。これは確かに僕の記憶だ…… すべてを思い出すのに時間は要らなかった。 桜の木の下、……君だったのか。 「……ゆい」
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