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1945年5月。
僕はあの日、知覧の飛行場を飛び立ち、沖縄の海を目指した。
前日、世話になった食堂の女将さんに、ゆい宛の手紙を託した。
君からもらった小さな人形を操縦席の中に掛ける。
もう一度君の顔を見たかったな。声を聞きたかった。君の名前を呼びたかった。
左右に翼を振り編隊を組んでいた友軍機に別れを告げる。
小雨そぼ降る曇天の中、僕は意を決し操縦桿を引いた。
機首を目一杯上げて、雨雲を貫く。
雲跡を引いて、青の中に出でる。
飴色の翼が銀色に輝いている。
死にたくはなかったが、他に生き方を知らなかった。覚悟でもない、諦めとも違う。
僕が愛したのは君と空とこの翼。近づけそうな気がした。ただそれだけなのかも知れない。
雲の切れ目から敵の船団が見えた。
ぶら下げてあった人形を左の胸ポケットにしまう。急降下を始める。
雨雲が翼にまとわりつく、経験したことのない減速感、ベルトが身体にくい込む。
もうとっくに雲を抜けているはずなのに……
その時だ。僕は眩しい光に包まれ気を失った。
……記憶はそこで終わっていた。
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