空の向こう

9/12

201人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
穏やかに、そして慈悲深く時が流れる。 「空が見たいな」 そう言われ、カーテンを開ける僕に結衣が笑って言う。 「知ってる? ここからは空が見えないって」 「屋上まで連れて行って」 「大丈夫なの?」 「うん、平気だよ」 結衣を車椅子に乗せて、頭にタオルを被せた。ナースステーションの前を通りすぎてタオルを取る。 結衣が振り返り僕を見上げてイタズラそうな笑顔を見せる。 いつ振りだろう、君のそんな笑顔を見るのは。 エレベーターが止まり屋上へ出る。 「お天気だ」 横で腰を落とし、同じ目線で空を見上げた。 「遥汰のこと連れて行っちゃった空だけど、結局嫌いにはなれなかったな」 「青いねー」 眩しそうに目を細める。 岬へ続く草はらに寝そべって、よく二人で空を見上げたね。 大空に憧れて、いつか二人でと話した。 もう70年も前の話だ。 このまま、このまま時間が止まればいい、そう思った。 今夜も一緒にいるつもりでいたが、帰っていいと言う結衣の言葉に従った。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

201人が本棚に入れています
本棚に追加