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ネズミは鬱蒼と茂る杉林の中を身を屈め、嫌に湿った地面を目を皿のようにして歩いていた。気が付けば周りがどんどん暗くなり、木の幹の方が見えにくくなる。そこから突然蛇でも出てきたらどうしようかと考えた。何せ自分はネズミという名前だからだ。
ネズミは大手自動車メーカーの社長を勤める父と、その秘書をやっていた女の元に生まれた子供だった。元々は不倫から生じた不祥事で、父親は堕ろせと母に命じたらしいが、母はそれを拒み、父親の元から逃げるように東京から北海道に移住し、ネズミを産んだ。
貧しい生活からか、ネズミの母親はネズミが小学生に上がる前に病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
ネズミはそれ以来一人で生きてきた。身寄りはなく、まさに天涯孤独であった。自分に与えられた名前すら覚えていない。いつしか自分をネズミと名乗るようになっていた。
いつからだろう。ネズミという名前が世の中に広がったのは。とはいえ裏世界に過ぎないが。
生きるために何度か法に触れる事をした。しかし、それは仕方ない事だ、と自分を正当化し続けてきた。そうでもしないと今頃、玩具を取り上げられた子供のように泣きじゃくり警察署に行って自主して牢屋の中で暮らしているだろう。いや、むしろその生活の方がまだいいかもしれない。
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