ある男の呪縛

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彼女は自分のスクリュードライバーを掲げると 「まあ、私も嫌いじゃないからお酒。好都合かな。乾杯」 乾杯、と盃をぶつけ合った。勢い、飲みたくもないビールを口に含む。その冷たさが頭に刺さるようだった。 彼女と政治の話をした。つまり、毎年毎年今の政治はなっちゃいないのである、と。まぁ、来年もそうだろうけどね、と彼女は笑った。中身などなかった。 政治からかつての学生運動の話になった。バリケードで自らのアイデンティティを押し止めた若者達に思いを馳せて、ただ共感することはなく、僕らはただ酒を飲んだ。つまみが回ってこないので、腹がたぽたぽする。 彼女はスクリュードライバーを飲み干し、二杯目を頼んだ。僕も何故か同じものを頼んだ。意味などないのに。 二杯はやがて三杯になり、三杯はやがて始まる狂宴の呼び水に過ぎなかった。 脈絡は急速に失われた。オーストラリアでトラックに轢かれまくるカンガルーの間抜けさ。家庭でも出来る爆弾の作り方。織田裕二は本当にゲイなのか。それともバイなのか。最近出た本のタイトルで特にダサいやつ。 目の前に写っている彼女の姿は、段々デフォルメのかかり具合が強くなってきた。それを見ていると、抽象画の人物が誘ってくるような妙な気分になってくる。 周りの話し声が洞窟を反響する水音のように聞こえ、その中で幹事が大声で叫んでいる。 解散を告げたのか、みんなが続々と立ち上がる。僕も帰らなくちゃと思うけど、椅子の足が絡み付いたみたいで、身動きが取れない。 うんうん唸っていると、向かいの彼女がこちらに来て肩を貸してくれた。しかし、彼女の肩はあまりに小さくて、こんな肩には掴まれない、沽券に関わる、自分で立たねば、と思ったが、存外そんなことは不可能でしかも彼女は意外と力強かったから、やっぱり甘えることにした。 これが酔いか、と彼女にベッドに寝かされながらずるずる思った。すぐに眠気が襲ってきて、僕はお礼も言わずに眠りについた。目が覚めても彼女はまだ部屋にいた。 僕が酔ったのはあれ一度きり。あんな体験はもう二度としなかった。 酒ではなく彼女に酔っていたと気づいたのは、付き合って一年以上経ってからのこと。
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