飴か鞭か、それとも愛か

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「嫁は抱いてないよ。」 所長はそう言う。 うそ。 そんな嘘をつかないで。 でも、 そう思いながら、その言葉を信じようとしている。 「子供ができたから一緒になっただけなんだ。 もう嫁は愛してない。 愛してるのは、マコだけだ。」 そう言われて、いつものようにいつもの唇に身を委ねる。 「子供に手が掛からなくなったら別れるよ。 そうしたら一緒になろう。」 意識が遠のくほど愛された後、そうささやく言葉を信じた。 それから… 2年。 所長が本社に戻る日が決まった。 もうすぐあの人が居なくなる。 あの人を本社に返したら、きっとまた奥さんとやり直すんだ。 私のことなんか忘れて… 追い詰められてた。 追い詰められて、社員名簿を見つめた。 所長の住所は、奥さんが住んで居るであろう所で、 そこには電話番号も記載されていた。 何度も何度もその番号を押して、発信を押すことなく切っていた。 「二人目がもうすぐ生まれるんだって!」 ? なに? 「所長よ。奥さん、今、妊娠中ですって。 来月には生まれるんだって。 奥さんは本社のお偉いサンのお嬢さんで、出世街道まっしぐらなんだって! だからね。 本社に戻ることになったのは。 本社に戻ったらきっと偉くなってるんでしょうね。 さっき聞いたのよ。 次の所長候補で来てる坂本部長に。」 何のこと? そんなはずないよ。 だって、所長が愛してるのは私だもの。 奥さんとは別れるって言ったもの。 奥さんは抱いてないって言ったもの! 「吉永さん、今帰りですか?」 声を掛けられて、立ち止まった。 声の主は、さっき話に出た坂本部長。 でも、顔を上げることはできない。 「はい…」 気付かれないように涙をぬぐった。 「ちょっと教えてもらえませんか? わからないところがあって。」 限界なの。 おかしくなりそう。 「気分が悪くて… 今日は、すみません。」 早く帰りたかった。 早く帰って泣きたかった。 「そりゃ大変だ。 ちょうどよかった。 外回りの用があるので送っていきますよ。」 もう… ほっといてよ… …………………
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