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「彼にいくつも仕事をこなさせているのはこのための準備なのですか?」
彼女の視線はやや懐疑的だ。もしかして彼を政治に利用しようと考えているのでは?という疑念があるのだ。
「さあ、どうだろうな」
竜慧はその疑念をはぐらかした。
「誤魔化さないでください!」
玉穂が竜慧に詰め寄る。
「彼は魔術師としてまだ未熟。このような重責を負わせるなど…とても認められるものではありません!!」
詰め寄る彼女の迫力は普段の彼女では考えられないくらいに気迫溢れるものを放っている。それほどまでに夜刀の身を案じているのだ。
「お前は何か勘違いしているようだな?」
食いつかんとばかりに詰め寄る玉穂に対し、竜慧は眉一つ動かさない。
「友情や思いやりをくだらんと切って捨てるつもりはない。大いに結構、大事にしろ。だがな…それで動かせるものなどたかが知れている。それで個人は動かせても、組織や国は動かせん。私のもとで仕事をするのならば甘い考えは捨てろ」
目の前の少女の赤い瞳は理解できても納得がいかないと訴えているようだ。
竜慧はいつもの鋭い視線よりも若干柔らかい視線で語りかける。
「悪いようにはしない。あれにとっても有益なことだと考えている。お前も他人の心配をするよりも自分の心配をしろ。任せた書類はどこへいった?」
子供のようにむくれて部屋を出て行く様を見て、つい顔が緩みそうになる。
生まれてこのかた、多くの時間を一人で生きてきた玉穂にとって夜刀の存在は大きい。それは友情や愛情といった心の問題。今の彼女にとって最も必要なものだ。
それが分かっているからこそ、彼女の成長のため竜慧もこうやって自覚させてやる機会を作っているのだ。
(やれやれ、私も過保護だな)
自分が一番甘いと、軽く自嘲しつつも竜慧は顔に出すことはなく静かに書類の山に視線を落とした。
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