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ユタカさんはある日突然私のアパートの部屋の前に立っていました。
その突然さはあの仔猫と変わらないくらいです。ただユタカさんにはあの仔猫のような見すぼらしさは微塵もありませんでした。一目見ただけで仕立てのいいものを身につけているのが分かりました。
スーツを着た男性に個人的に関わることが、ほとんどない私はユタカさんのような人がそこに立っている事に驚きました。
オーダーメイドのスーツを着た背の高い男性が、薄汚れたクリーム色の、日当たりの悪い私のアパートの一室の前に立っているのはあまりにも異様で、幽霊ではないかと思った私は足元を見ました。
足はありました。あんなにつやつや光る革靴をそれまで見た事がありませんでした。
そう言えばユタカさんの足音はすぐに分かります。なんの躊躇いもない規則正しい音だから。
私にとっては見知らぬ男の人でしたが、ユタカさんは私の事を知っていました。
私がいつも水曜日にエントランスの床を磨きに行く会社の専務さんでした。
創業は江戸時代にまで遡ることのできるお菓子メーカーの本社です。創業者一族が経営していると聞いたことがありました。
専務さんも社長さんの息子ということでしたからいずれは社長さんになるのでしょう。私とは別世界にお住いの人。
何故そのような人がこんな所に来ているのかは、ユタカさんの目を見るとなんとなくわかりました。
私を見据えた目に浮かぶ何かに、ああ、私は見つかってしまったのだと、正体のほとんどわからない理由で、ユタカさんを部屋の中に入れてしまいました。
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