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男、というよりも少年といった顔立ちを持つ来訪者は、脱いだコートを脇に抱え、一切の躊躇なく廊下の突き当たりの扉を開いた。
そっと後ろ手で扉を閉め、聞かせるつもりもないだろう小さな声で、「入るよ」とだけ呟く。
コートを傍にあった椅子に放り、そのままその椅子に座り込んだ。
そして、口を覆いながら欠伸をする。
広島県靴脱(くつぬぎ)市 一丁目六-八にある、そこそこの規模を持つマンション。
こんな田舎とも都会ともつかない、田んぼも高層マンションもある中途半端な市での、そこそこ。
お世辞にも、日本の誇れるというキャッチコピーは掲げられないだろう。
そんなマンションでも住む分には全く問題はない。
家賃も安め、普通の設備とくれば、田舎様様とさえ言える。
その恩恵を受けている張本人でもある少年は、背凭れに装飾の施された椅子に身体を沈み込ませた。
右手の腕時計を目だけで確認し、目をゆっくりと瞑る。
シンプルだが多少見づらい、それこそ中途半端に凝った時計へのセンスを伺える腕時計は、六時十五分という時刻を知らせていた。
少年が次に目を覚ました時には、その時計は六時五十分を指していた。
ぼんやりとそれを眺めた彼は、男にしては眺めの睫毛を緩慢に瞬かせる。
徐々にその意味を理解したらしく、目を丸くしてもう一度目をぱちぱちと瞬いた。
「……ああ」
納得したように呟いて、むくりと上体を起こす。
ふらつく足取りで前のめりになりながら歩き、膝に手をついて少し止まった。
いきなり動いた事による立ち眩みに顔を顰め、溜め息を吐いた。
「…帰ろ」
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