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今はもう、昔の事で。
記憶は色褪せまばらだけれど。
流れる様な、黒髪と。
涙で潤んだ大きな瞳。
そして、服の裾をぎゅっと掴まれた時の感触だけは。
何故かとても鮮明で。
ひとりきりの部屋でソファーに座り。
眼を閉じれば、そこに。
あの日のあなたが浮かび上がる。
余りにも鮮やかな、その姿に。
あなたの声までも、聞こえてきそうで。
………私は慌てて、眼を開ける。
あぁ、出来る事ならば。
目蓋に浮かぶ、あなたの姿を忘れてしまいたい。
もしも、それが叶わぬなら。
哀しげなあなたではなく。
もっと、幸せそうな。
花の様に微笑むあなたの姿が、見たい。
あるいは。
ふたり、出逢う前の。
ただただ、穏やかなあなたの姿を………。
そう願って、眼を閉じたのに。
あなたはまだ、泣き濡れた瞳のままで。
未だに安らぐ事のない、私の心を。
掴み締め付け掻き乱してゆく。
あなたが、私に笑顔を見せてくれないのはきっと。
あなたが、知っているから。
………ずっとずっと、昔から。
哀しげに涙を流すあなたにかける言葉は、ひとつしかなくて。
その言葉以外には、思い付かなくて。
だから私は、いつもの様に。
私にすがり付いて泣く、あなたの髪を優しく撫でて。
耳許でこう、囁くのだ。
愛してる
END
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