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「まただ……」
私は心の中で呟く。
午後7時。客先に納品物を納めて会社に戻る車内。赤になるギリギリのところを加速して十字路を右折すると、少し早めに発進しようとしていた信号待ちの車の運転手がこちらを睨み付けていた。
「何よ、そっちだってまだ信号変わってなかったじゃない」
一人悪態をつきながら更にアクセルを踏み込む。
普通に車を走らせて、会社までだいたい10分くらい。でも、今のペースなら通常よりかなり早く着くだろう。
「あー暑い。早く帰ってシャワー浴びよっと」
私はわざと声に出して言った。袖に隠れた腕は既にゾワゾワと鳥肌がたっている。外の気温は31度、エアコンの温度設定は28度だが、実際は20度くらいには下がっているだろう。
見てはいけないことはわかっているが、車内のバックミラーをチラリと覗いてしまう。
誰もいないはずの後部座席。しかし、そこに座っている陰気な人影。
すぐにミラーから視線をはずす。
実はこの幽霊、初めてではない。気づかないフリをして走り続ければ、会社近くのお寺の辺りでスウッと消えてしまうのだ。
もう少し……あと数百メートル……
グワッ!
突然、目の前に怨めしそうな蒼白い死人の顔が現れた。
私は慌ててブレーキを踏み込んだ。
キキーッ!ドカッ!
激しい衝突音。微かな振動。
「なんですか、今の音は!?」
会社の応接室で商談していた下請け会社の社長が驚いて窓の方に視線を向ける。
しかし対面して座っているこの会社の部長は落ち着いた様子で苦笑した。
「信じられないかもしれませんが、心霊現象なんです。十年前に事故で亡くなった女性がいましてね……」
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