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「他に・・・もっと気になることはありませんか?例えば、」
芦谷は手に持っていたボールペンの先を見ると麻野に視線を戻した。
「急に記憶が抜け落ちたり、人が変わったようになったり・・・これはちょっと具体的な例ではありませんが 似たような感じになったりは」
麻野は眉を上げて息を吸った。やはり相談するようなことではなかった、妻のことなんてここに通っている人達に比べれば全く問題にするようなことではなかったのだと 後頭部から出口に向かって何かが自分を引っ張っているような感覚になった。
「ーいえ、そんなことは ないです・・・・・」
「では、差し支えなければ、もっと具体的にお聞きしてもよろしいですか?ご本人さんが一緒にいらっしゃる方が一番いいのですがー」
「いえ!妻にはここに来たことも内緒に、したいというか。」
芦谷は目を丸くして首を伸ばすと、それを見た麻野は頭を何度も下げて「すいません」と聞こえるはずのない待合室の患者に向かって呟いた。
「僕は妻との関係に不満があるわけではありません。妻が・・・異常があるとも思ってないんです。」
芦谷は麻野が何故この病院へ自らやってきて、自分の目の前に座っているのかの意味がみいだせずに顔をしかめる。
心療内科にきて、適切な診断と治療を待てずに、麻野のように診察室をぶっつけのカウンセラーか何かと勝手に勘違いして話し始める人もいる。症状や心理状態を聞き出すのは診断材料であるからであって、
心の鍵を解く手助けをしているのではない。
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