scene000

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桜の花はまだ咲かず、葉も無い寂しげな木々は小さな膨らみを見せる蕾をつけていた。気温もそこまで高く無く、どっちかというとまだ冬の寒さが残っている。 「……まだ寒い…」 「当たり前だろ?まだ3月なんだから」 ぼんやりとした春の空気に消えていったはずの言葉はどうやら拾われてしまっていたようだ。 「あっ灰……よくここだって分かったね」 側まで来た灰を見上げる。ボクが寄りかり座っている木に灰は優しく触れた。 「ここは唯一の固定さぼり場だからな」 よく分からない答えに首を傾げる。それを見て笑った灰はボクの髪を軽く撫で隣りに座った。 「てか、今は入学式の最中だぞ。何堂々とさぼってんだよ」 それは今ここにいる灰にも言えること。 まぁ、多分ボクを探しに抜けてきてくれたんだと思うけど。 ふっと笑う。 「だって昨日の卒業式は出たし、今日はいいよ」 卒業式と入学式が隣り合う、この学園の行事日程に疑問を抱いたことは無かった。しかし今は何だか上手く切り替えが出来ずに困っている。 恐らく、今まで余り生徒と接する機会が無かったのに昨年度は生徒会副顧問として接する機会が増えた事が原因なんだろう。情が移ったと云うか、やっぱり心は寂しいで塗られている。 生徒たちは入学して卒業していく、当たり前のことなのに巣立っていく生徒を見ると取り残されたような感覚を覚えてしまったのだ。 先生ってそれを繰り返す職業だって分かっていたはずなのに、今年は凄くその気持ちが重い。 「……冷えるからもう少しだけだ」 そんなボクの気持ちに気付いているのか、灰は特別優しく髪を撫でてくれた。ボクはその手に自分の手を重ねる。 「冷たすぎだろ」 驚いたような声を出して灰はボクの手を取り指を絡ませる。 「あったかーい」 その肩に寄りかかれば更に体温を感じることができ凄く落ち着いた。 どこからか聞こえてくるこの学園独特の歓声を耳にしながら、安心する灰の隣りで気持ちの整理をすることに専念する。 「…寒い」 淡い青空の下で、ぎゅっと繋いだ手に力を入れる。
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