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あの子だわ!
一目でわかった。
何年か前の夏、一人の母親が、最後の力を振り絞って、私の身体に産みつけていった卵。
そこから出てきた、ただ一人のあの子。
私の身体で生まれて、私の足元に潜って行ったあの子。
あの子が、命の最後を燃やしに、私によじ登って来る。
私の足元でずっと育ってきた子達は、毎年夏にはたくさん這い出て来て、私の身体によじ登っては飛び立ってゆく。
そう、その中の一人に過ぎないわ、特別だなんて思ってはだめ。
私はしょせん、あの子達の時間にはついて行けないんだから。
でも、私の身体で生まれたのは、あの子が初めて。
卵から見て来たんだもの、少しくらい気になるのは、しかたないわよね。
ああ、綺麗。
朝日を浴びて、ピンと張ったばかりのあの子の背中が、キラキラしてる。
小さな子達はみんな、なぜあんなに美しいのかしら。
小さいけれどすべてを兼ね備えた美しい身体で、
短いけれど充実した人生を過ごしていく。
長生きなだけで何にもできない、デクノボウの私とは大違い。
あの子もこれから飛び立って、動けない私とはそこでお別れ。
まあいいわ。あの子の綺麗な晴れ姿を見られたから。
贅沢言えば、あの子の声も聴いてみたいけれど。
大丈夫、あきらめるのは慣れてるもの。
なのに。
あの子はその日1日ただ黙って、私の身体にしがみついたまま、動かなかった。
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