39人が本棚に入れています
本棚に追加
それからあとは、あの子の歌が今までとは違って聴こえるようになったの。
「大好き、大好き、大好き」
って聴こえる。
私、どうかしてしまったのかしら。
時折、
「きみはボクのこと好き?」
そんな声まで聴こえるの。
でも。
聞こえないふりをしてごめんなさい。
嬉しいけれど、悲しいの。
私は知ってる。
あなたはもうすぐいなくなる。
あなたがどんなに私を愛してくれても、
あなたはもうすぐいなくなる。
「ちょっと休憩して、ここの水をお飲みなさいな」
「うん、ありがとう。美味しいね!
何だか懐かしい味がするよ」
「あら覚えてるのね。
私の足元にいる間、あなたは何年も、私の足の爪先から、同じ水を飲んでいたのよ」
「へえ、そうなんだ。
それじゃあきみは、本当にずっとボクを見てくれてたんだね。
ボク、気がつかなくてごめんなさい。
その代わりにボク、ずっときみのために歌うから」
『ずっと』はないのよ。
『ずっと』は無理なの。
私がどんなに日陰を作っても。
どんなに水を与えても。
あなたはもうじきいなくなる。
怖い。
あなたが好きだから、怖くて悲しくて、
淋しいの。
そしてその日、あの子は朝から声が変だった。
早すぎるわ。
あの子はまだパートナーを見つけてもいないのに。
それでもあの子は歌う。
苦しそうなのに、楽しそうに歌う。
「大好き、大好き、大好き」
声が、途切れて。
あの子は、私の身体から外れて、風に揺られながら、私の足元に落ちて行った。
最初のコメントを投稿しよう!