クスノキ

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それからあとは、あの子の歌が今までとは違って聴こえるようになったの。 「大好き、大好き、大好き」 って聴こえる。 私、どうかしてしまったのかしら。 時折、 「きみはボクのこと好き?」 そんな声まで聴こえるの。 でも。 聞こえないふりをしてごめんなさい。 嬉しいけれど、悲しいの。 私は知ってる。 あなたはもうすぐいなくなる。 あなたがどんなに私を愛してくれても、 あなたはもうすぐいなくなる。 「ちょっと休憩して、ここの水をお飲みなさいな」 「うん、ありがとう。美味しいね! 何だか懐かしい味がするよ」 「あら覚えてるのね。 私の足元にいる間、あなたは何年も、私の足の爪先から、同じ水を飲んでいたのよ」 「へえ、そうなんだ。 それじゃあきみは、本当にずっとボクを見てくれてたんだね。 ボク、気がつかなくてごめんなさい。 その代わりにボク、ずっときみのために歌うから」 『ずっと』はないのよ。 『ずっと』は無理なの。 私がどんなに日陰を作っても。 どんなに水を与えても。 あなたはもうじきいなくなる。 怖い。 あなたが好きだから、怖くて悲しくて、 淋しいの。 そしてその日、あの子は朝から声が変だった。 早すぎるわ。 あの子はまだパートナーを見つけてもいないのに。 それでもあの子は歌う。 苦しそうなのに、楽しそうに歌う。 「大好き、大好き、大好き」 声が、途切れて。 あの子は、私の身体から外れて、風に揺られながら、私の足元に落ちて行った。
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